温泉とテレビが好きな私の日記

誰かに気を遣うことのない、思った事をそのまま書いてみるところ。タイトル変えました。

「アンナチュラル」 8話 帰る場所があるということ

雑居ビルで火災が起こり10体の遺体が運ばれてくる。死因と身元確認を進める中、9番目の遺体に生前殴られたあとが見つかり、遺体を隠すための放火の可能性もでてくるが……という話。

今回の話は事件かと思わせて、結局は事故だった。わかりやすい悪人がいるわけでもない。
8話まできて法医学の基本、なぜ死因と身元を調べるのかというところを改めてキチンとエピソードにする。3月11日が近いからだろうか。
ハデな作りの話ではないけど、色々考えさせられる沁みるエピソードだった。

人は必ず死ぬ。しかしいつどのように死ぬのかは選べない。不慮の死を迎えた人をどこへどうやって返すのか。それは亡くなった人のためでもあるし、待っている人のためでもある。
また生きている人間も帰るところが必要なのだということ、そしてそれは家族でなくてもありうるのだということ、改めてそういうことをミコト(石原さとみ)や久部(窪田正孝)の家庭の事情や神倉所長(松重豊)の過去の話と9番の事情と重ねて丁寧に描き出す。
その丁寧さがとても気持ちいい。伝えたい事を伝えるために労力を厭わないことで視聴者に誠意を見せてくれる。

神倉所長は7年前、厚労省の役人として震災対応に関わり、身元確認のための歯科情報のデータ化を目指したり、UDIラボの設立に尽力する。
そのエピソードで以前日航機事故のドキュメンタリーを読んだ事を思い出した。
座席位置によっては遺体の損傷が激しく、登場名簿に名前はあっても遺体の見つからない人もいた。まだDNA鑑定の無い時代だ。そんな中、数日前に飼い犬に噛まれたことを家族が思い出し、なんとか歯型の残る左腕を見つけて返すことが出来たという話があった。
たとえ左腕だけでも取り戻せたことで、本人も家族もやっとそれで区切りがつけられるのだというのがとても印象に残っていた。

久部の父親は大学病院の医者で、生きている人間を見ない解剖医を下に見ている。
1人助かった11番目の被害者に話を聞こうとすると「結局生きた人間じゃないか」とバカにする。でもそういうことじゃないんだよね。
生きてる人間からでないとわからないこと、逆に死んだ人間からわかることもある。そういう面ではどちらも必要で対等なのだ。
初回でミコトが「法医学は未来のための仕事」と言ったように、死んだ人間を見ることはその人のためだけじゃなくまわりまわって先につながるのだという事をミコトや神倉所長が見せてくれている。ミコト達の仕事と生き残った人の証言で、不肖の息子と思われていた9番の両親への思いや立て直した生活がわかり、故郷へ帰ることが出来た。何より両親が息子を受け入れられたことが救いだった。
解剖医の仕事の誠実さとこのドラマの製作陣の誠実さが重なって、哀しい出来事だけど後味は悪くない。

もちろん全てが上手くいくわけじゃない現実も。結局久部と父親は決裂してしまうし、雑居ビルの避難経路問題や家電の発火トラブルなどのリアルな問題提起も忘れない。けっしてめでたしめでたしで終わらせないのがこのドラマ。
銃槍の所見のやりとりでミコトと中堂(井浦新)がこれまでになく和やかで近しい様子を見せるのも、先の決裂を予想させる。

残り2話、いよいよ「赤い金魚」の核心に迫るのだろうけれど、いったい2話で終わるのか?
予告では中堂がかなり荒れた様子だったけれど、いったいどうなるのか。怖いけど、見ないなんてありえない。
次週も正座待機!