温泉とテレビが好きな私の日記

誰かに気を遣うことのない、思った事をそのまま書いてみるところ。タイトル変えました。

あー、モヤモヤするわ〜‼︎

登山家栗城史多氏の訃報を見てから、色々記事を見てあれこれ考えてる。
色々言いたいなーと思いつつ、大抵の意見はもう出回ってるしどう言えばいいのやらと思う。
こういう、不自然に持ち上げられたスターって定期的に出て、ボロが出ればボコボコにされて終了!というオチになるわけで、自分はそういう元スターがその後どうやって生きていくのかにちょっと興味があった。
わざわざ調べたりする訳じゃないけど、あそこまで世間に晒されて叩かれてそれでも生きるってどんな感じなんだろう?とか考えてた。
最近だと小保方氏とか、ある意味根性あるなぁとか、とは言え本人ももうどこに向かっていいのか分からなくなってるんじゃないのか?とか考えてた。

そしてそういう人達の「思い込む才能」ってどんなものなんだ?と考えてた。
騒動の頃、小保方氏の事を「彼女は自分の論理を本当に信じているんだろう」と書いている記事を見てなんだか納得したのだ。
確かに嘘をつくのにその嘘を自分で信じ込んでしまう人っているなぁと。言い方悪いけど、詐欺師なんかはそうだと聞いた事あるなと。
去年の女子フィギュアの本田真凜の持ち上げられっぷりに、本人が根拠のない事を信じ込んでいるように見えて、大人がひどい事をするなぁと思ったりしてた。
それでも、自分は自信なく生きてきたから、そういう人達がなぜそこまで思い込めるのか知りたかった。

そして栗城氏。
かなり忠告も受けてたようだし、とくにニトリの社長のようにスポンサー降りた人もいたのにどうしてこうなったのか?
自分みたいな登山家の名前なんて野口健三浦雄一郎とかしか浮かばないような人間でも、ちょっと見たら「大丈夫?」って思うような計画を大企業のスポンサーの宣伝部とかがなぜわかんないのか?それとも敢えて見なかった?
まあ「栗城劇場」は終わってしまったのだからもう何を言っても仕方ないのか。
何を考えていたのか知る術もないし。
死んじゃったら終わりだよね。なんにもならん。生きててこそリベンジが出来るのに。
でもまた次の「スター」が出てくるんだろうなぁ。
やっぱり世の中は「スター」を欲しているのかな。

追記
ネットニュースはともかく、テレビやラジオではこの訃報の扱いがとても小さくて余計にモヤモヤした。持ち上げたんなら最後まで持ち上げ続けてやって欲しい。
きちんと問題点は指摘して、その上で叩くのではなくご冥福を祈ってくださいよ。