88歳になった糸子は、通院先の病院でファッションショーをやる事になり、奈津とも再開する。
糸子は奈津にも出て欲しいと思うが、奈津は黙って退院してしまう。
そして、ショーの準備が進んでいく。
あと6話なので(確か)、この院内ファッションショーが山場なんだろうと思う。
で、144話で末期ガンの女性が追加でショーに出る事になるのだけど、見ていてなんだかモヤモヤした。
30代だろうその女性は、自分の子供たちにこんな姿を見せていて申し訳ないから、せめてショーで綺麗にした姿を見せたいと泣く。
そんな彼女に糸子は「自分は88歳であちこちダメになっている。多分先もいつまでかわからない。そんな年寄りはもう何かしてるだけで奇跡を起こせるんだ。だからあなたも笑顔になるだけで奇跡を起こせるんだ」
というような事を言って励ます。
見ていて「えー⁉︎何言ってんの?」と思ってしまった。
どうやら、あなたも私も先が長くないのは同じ、という論調で励ましてるつもりなんだろうけど、同じじゃないじゃん!全く‼︎
膝の痛みやヘルペスがあるとはいえ、88歳になってもボケもせず好きな仕事を続け、娘達は一人前どころか超大物になり、ひ孫までいる糸子と、おそらくまだ幼いだろう子供を残して死んで行かなくてはならない彼女とどこが同じ?
糸子はやりたいだけやって何十年も好きなように生きてきたじゃん!
孫どころか子供の成人すら見れず、心配と心残りしかない彼女の死とは全く別だよ。
彼女にはもう「老い」はないんだよ。
その励まし方おかしいよね?
「カーネーション」での糸子の人生は、いわゆる「老人」の時代が他のドラマに比べても長く、そしてそこで「老い」と「孤独」についてじっくり描きたいのだろうと言うのは見ていてわかる。
だからこその尾野真千子から夏木マリへの交代なのだろうというのもわかる。
けど、30代で死んでいく人に「老い」と「孤独」を語るのは無神経なだけでしょ?
なぜこんなエピソードになったー?
いや、モデルの人にそういうエピソードがあったとしても、これまでの「カーネーション」に入れ込んだエピソードに比べて扱い方下手すぎない?どうしたの⁈
確かに糸子は基本無神経で自分の考えのみで突っ走って失敗する事はあった。
でもそういう時は必ずちゃんと痛い目にあってるんだよね。それがこのドラマの世界のちゃんとしてるとこだ。
けれど、今回のエピソードは相手の彼女も抱き合って泣いていて、糸子の話に納得してるように見えるから変なんだよー!
えー???
この後の145話以降で、このモヤモヤを回収するエピソードがあるのかしら?
この脚本をめちゃくちゃ信頼してたから、びっくりしちゃったよー💧
大丈夫かなぁ?