温泉とテレビが好きな私の日記

誰かに気を遣うことのない、思った事をそのまま書いてみるところ。タイトル変えました。

「おしん」 〜145話 地獄の佐賀編、思ってたのと違う地獄だったよ……

噂に聞いていた「おしん」地獄の佐賀編、「うわぁ…💧」と思いつつもどっぷりハマっております。
そんな佐賀編もいよいよクライマックスを迎えもうじき終わる気配。
テレビ表には「自立編」とありますが、その自立のためにおしんはとても大きな代償を払わなくてならなかったのがもう、橋田先生オニですよ…(褒めてます)

佐賀編ではおしんが竜三の母 清、つまり姑からいびられると聞いていたのですが、思ってたのとは違いました。
清は出来た人間とは言い難くおしんをいびるのではあるけれど、ただの鬼ではなく彼女には彼女の理屈がある。
舅や長男夫婦は基本的にはいい人なんだけど自分の立場が優先なのでおしんの助けにはならない。
そして何より竜三があまちゃん全開で何度イラつかされたことか……。
おまえがしっかりしていれば!、と何度も思いしらされた。
さらにおしんもただの被害者ではなく、小作育ちなのでこういう名家のプライドが分からず、意地を張って清と上手くやろうとしなかったという失敗もある。
確かに一番酷いのは清なのだろうけど、それぞれの相性の悪さがどうにもならなかった大きい理由だった。
この佐賀編で描かれているのは、この時代の田舎の誰にもどうしようも出来ない空気というものなのかもしれないと思った。

そしてやはり「女の辛さ」を描こうとしているんだなとしみじみ思う。
男性陣は何だかんだと大らかなのだけど、それは竜三を含め皆ここが自分の家だからだ。
キツい母親に遠慮気味な長男ですらある程度の余裕は見せる。
けれど清も兄嫁の恒子も、もちろんおしんも「嫁」達は結局いつまでも他所の人間で「田倉家」に従う事しか許されない。
清がキツいのは自分が嫁に来た時にされた事を嫁達にしているだけで、本当に当然の事だと思っているからどうにもならないのだ。
それにひたすら耐えてきた恒子に比べ、自分で稼いで自分で生きる経験のあるおしんが清と合わないのは当然。
だからこの家で唯一のんびりしている女が嫁に行って里帰り出産をする田倉の娘篤子だけなのは当然で、今は天下の清ですら田倉家は本当の自分のくつろげるところではないのだ。
辛いなぁ。

田倉家に来て1年でおしんは大きなものを失ってしまった。
竜三にさせられた肩の怪我が元で手が上手く動かなくなった。
現代ならどこか神経がやられたんだろうとわかるけれど、当時は怠けてるとしか思われない。
冷静に考えれば怠ければ余計清の反感を買うのだからそんな嘘をつく訳がないのだけど、元々おしんに良い印象を持っていない上に、おしんがどれだけ働けるかを知らない清は余計に苛立つ。
おしんおしんで腕に自信があったから「ここを出て行っても生きていける」と思っていて、そのため清と上手くやろうとしていなかったので、手がつかえなくなってから従うようにしても信用してもらえない。
世代の違い、育ちの違い、タイミングの違い、そういういくつかの違いがいくつも重なってどんどん溝が深くなっていく。
清とだけでなく、竜三ともそれは起こる。
そして孤立したおしんは勝気な性格もあって意地を張ってしまう。
そしてますます溝が深くなる。
その悪循環の結果、第二子を死産するという最悪なことになってしまう。
橋田先生は本当に容赦ない。
この時代に女が生きていくのに仕方なかったことをこれでもかと描きだす。

それでもこのドラマを見てしまうのは、そこからなんとか抜け出そうとする女の姿も描くから。
ついにおしんは田倉家を出る決意をした。
以前コッソリ家出をしようとしたのとは違う、キチンと清に対峙して、息子の雄を連れて家を出ると宣言した。
ああ、だから「自立編」なのだ。
田倉家に来るとき、おしんは嫌がったが母親のふじに「夫婦は一緒にいるものだ」と諭されてやってきた。
でももう竜三と別になっても構わないと覚悟した。

そしてそんなおしんに感化され、周りの女性たちも自立していく。
佐賀でおしんが唯一親しかった小作の嫁の佐和。
おしんが一緒に東京に逃げようと誘った時にはおしんのお腹の子を1人で育てるのは無理だろうと竜三に打ち明けてしまった。
けれど女郎だった過去を姑や義妹達に責められ続け、ついに家を出て1人東京へ行った。
そしてひたすら耐えてきた兄嫁の恒子も、おしんの強さに憧れて、おしんが雄を連れ出すのを手助けしようとする。
橋田先生、だからこその自立編なんですね。
凄いです。

これだけのことがあってもおしんはまだ24、5歳、冒頭で明かされている息子や娘もまだ生まれていない。
いったいまだどんなことが起こるのか。
ついに本当に自分の力だけで生きていく覚悟を決めたおしんがまだまだ面白い。
毎日楽しみです。