温泉とテレビが好きな私の日記

誰かに気を遣うことのない、思った事をそのまま書いてみるところ。

「半分、青い。」 結局、律も北川ドラマのヒロインなのだなぁ

もうじき漫画家編が終わるとの事で、折り返しの山場(のつもりらしきもの)が先週あたりから続いてます。
大先生が「神回です!」「神週です!」と懲りずにつぶやいていて「あー、こういう周りを全く見れない人ってある意味一番幸せだよなぁ…」とウンザリしながら見ているわけですが、その山場がホントーにつまんなくてつくづくこの大先生とは合わん!と実感しております。

去年の3月、大先生がツイッターで情報求む!とやって炎上したときに書いた記事を自分で読み直してみた。

あー、やっぱり北川悦吏子キライだわ - 温泉とテレビが好きな私の日記

もうね、その時想像した不安的中!でした💧
星野源は主題歌だわ、豊川悦司は出るわ、ヒロインのキャラ設定は「ザ・北川ヒロイン!」という想定通りのバカ女でねー……。
どうしてこの大先生の描くヒロインはいつもこうなのか。
何一つできないくせに無駄に自己評価が高く、と言っても自分で責任を取ることはせず、いざとなると悲劇のヒロインぶる。
いいことは自分の手柄、何かあれば全て人のせい。
今回騒動のネタになっているツイッターの内容を見る限り、そのまま大先生のキャラそのものだ。

そして、先週の「神回」展開を見ていて、もう1人いるなぁと思った。
律だ。

先週の展開はストーリーの辻褄は全て無視して、「わたしのかんがえたさいきょうのぽえむ」をひたすら詰め込んだだけのものだった。
運命っぽい再会、素敵っぽいプロポーズ、切ないっぽいすれ違い……。
鈴愛の行動から見れば相変わらず本人が考え無しなだけ。5年ぶりに再会して言われたプロポーズを「無理」で終わらせて4年そのまま放置。なのに相手が結婚したらボロボロ。その4年の間何もしなかった人間が何を言ってるのやら。
自分が何もしなかったのを棚に上げて勝手に悲劇のヒロインぶる、正に「北川ヒロイン」!

と言って、じゃあ律の方はどうなのか?というとこちらも負けず劣らずの「自分に酔ってる」状態。
19のとき自分から付き合ってもいない相手に別れを告げ、なのになぜか相手の望みを叶えようとロボットの研究。5年ぶりにたまたま会ったら自分が絶交言い渡しておいてなぜか涙を流しプロポーズ。断られると勝手に傷ついて音信不通。この己に酔ってるところが「北川ヒロイン」、そう、鈴愛と律は確かに表裏一体、大先生の妄想の固まりの表と裏だ。そういう点では確かに「半分、青い。」のだ。

この悲劇のヒロインぶりっこ2人のエピソードを成立させるために、繋がらないエピソード、一貫しないキャラ設定、使い捨てのモブ、と雑な作劇を見せられ、あげく謎のヒロイン擁護が延々と続く。
さらに話題作りの為に大先生自ら「北川ヒロイン」らしくツイッターで可哀想ぶって炎上商法。やれやれ。

放送前は「イケメンでなんでも言う事を聞いてくれる幼馴染が欲しい」という大先生の願望の元誕生したのが律というキャラだと思っていた。
けれど半分違っていた。
大先生の肥大化する自意識はヒロイン1人では表現しきれず、律も使わなくては無理だった。
このドラマは大先生の妄想の正規ルートと別ルートを同時に表現する為に作られたものなのだなぁ。

公共の電波でこんな妄想を形にできる権利を持っているなんて、大先生ってばこの世のものとは思えない程の幸せ者だなぁ。