本当にもやもやイライラするニュースばかりが続く中、野木亜紀子が連続ツイートしていたのに深く同意した。
自分もこのところの騒動を見ながらずっと「いだてん」の事を考えていた。
そしてどんなすぐれた作品もその意図を全ての人に伝えるのはやっぱり不可能なのだなと、野木さんのツイートを見てしみじみ思った。
野木さんのツイートに対して「作品に思想をこめるな!」という言いがかりがあったけど、毎回こういうのは見ると驚くけど、何一つ考えてない人なんかいないし、考えてるから作品が作れるんでしょと思うのだけど。
宮藤官九郎は社会派では無いと言っているけれど、それでも作品からはいろんなことが読み取れて、その上でエンタメとして素晴らしいからクリエイターとして素晴らしいと思うのだけどもね。
昨日、川谷絵音がツイッターで炎上と言うのでなんだろうと見たら、ロッキン中止に対して
「エンタメが死んでいかないように自分が出来ることは、ひたすら音楽を作っていくことしかないな。」と呟いたら、
「『しか』じゃないだろう」と言うツッコミが多発したらしい。
……なんというかもう、挙げ足取りとしか。
ミュージシャンが止めずに音楽を作り続けるのもある意味立派な意思表示だし、これで何か反論を上げたら上げたで「ミュージシャンのくせに意見言うな」とか「曲だけつくってろ」と言うやつが絶対出る。
どうしろと?って感じだよ全く。
野木さんが本当に公正な五輪が出来るのか?と疑問をあげ、「今こそ『いだてん』の再放送が必要なんじゃないか」と書いたことに対して
「『いだてん』見てないのにいい加減な呟きをするな。金メダル確実と言われた金栗がベルリン五輪中止で打ちひしがれるエピソードがある。お前にアスリートの夢を奪う権利があるのか」
というリプがあってびっくりした。
確かにそのエピソードはあるけれど、どういう意図で使ってるのかの解釈が野木さんと真逆だ。
そしてさらに
「まさか野木さんが、いだてん 放送時に『オリンピックのプロパガンダ』だと叩きまくった人間達と同じことをやるとは思わなかったので、死ぬほど驚いている」
と言うリプにもびっくりした。
この野木さんの連投ツイートからそれがどうやったら読み取れるのか?
つくづく人に意図を伝えると言うのは難しいことだなぁと思った。
普通に書いているツイートですら伝わらないのだから、作品に込めた意図なんてましてや伝わらないのだなぁ。
優れた作品はその上でもエンタメとして楽しめるものだけど、そこまで意図が伝わらないのならそのもやもやも大きいのだろうな。
作品に対してもツイートに対しても簡単にコメントが出来る時代に、作品を送り続けるクリエイターの大変さを垣間見た。
そういうのを受け止めたり受け流したりができないとやってけないよなぁ。
野木さんは「脚本家を聖人君子だと思っていた皆さん、ごめんなさい。くそくらいは言います。」と大人な返しをしていたけど、作家なんてむしろ性格悪いくらいでないとできないんじゃないかと思うけど。他人が気づかないことに目を止める、それは性格の悪さの一つだし。
その上で距離を置いて見れるから作品が作れるのじゃないのかな。
とにかくなぜクリエイターに「意見するな!」という人たちがいるのか本当疑問。
形は色々でも「意見する」のがクリエイターの仕事なんだと自分は思うから。
幸い野木さんはこんなんで折れる人ではないから、また次の作品を楽しみに待つだけですけどね。
「いだてん」は権利関係が難しいそうでオンデマンドでも見れないらしくて残念。
正に今の日本を予見してるようなドラマなのに。
そして五輪に向けての動きは本当にクソだと思っているよ。うん。
ここまで舐められて腹立たないのかしら?
自分は腹立つよ。