温泉とテレビが好きな私の日記

誰かに気を遣うことのない、思った事をそのまま書いてみるところ。タイトル変えました。

「トットちゃん!」の女の生き方の描き方、「わろてんか」は見習って欲しいなぁ。

ついに12月に突入。

『わろてんか』ワンオペ育児に妻ブチ切れ! 「おしめ替えない、夜泣き知らんぷり」 - ニュースパス

なんか、この記事にぐったりした。
それまでは一応8時にはNHKにあわせ、支度しながら横目では見ていたんだけど、この2週間は丸々見なくなってしまった。

わろてんか」のドラマとしてダメなところはたくさんあるけれど、11月後半のエピソードで一番ウンザリしたのはこの記事にあるようなところだ。
子供が生まれても育児を手伝わず、新しい寄席のことばかり考えている藤吉にてんの怒りが爆発、という展開に「はぁ?」と呆れた。

えっとー、この段階で大正2年くらいだよね?こないだまで明治だったよね?
この時代に夫が子育てを手伝うって発想ある?しかも藤吉は大店のぼんぼん育ちだよ?
仕事やるようになっただけマシなんでは?
大店のお嬢さん育ちのてんが「旦那に子育てを手伝わす」という 考えを持っているのもおかしいでしょ?どこにそんな考えが存在してた?
同じように風太にオムツを替えさせようとしてトキが「そんなことも知らんのか!」と怒るシーンにもウンザリ。
独り者で、子供の頃から丁稚に入って弟妹と育っていない男の風太がオムツを替えられないのはごく普通では?

わろてんか」のバカな脚本もここまできたかー。
「夫婦で子育て」なんて平成の発想、昭和の終わり頃だって「妻が全部やって当然」と言っても咎められなかったのだ。
ドラマを今の時代でなく昔のどこかに設定して描くのなら、その「時代」を見せて欲しい。
今の世の中のことなら今の設定でも充分伝わる。視聴者が見たことのないあの「時代」はこうだったんだ、こんな「時代」にこんな新しい考えを持って生きていた人がいたんだなぁ、というのを見せるのが「時代劇」なんじゃないのか?
「朝ドラの視聴ターゲットのメインは『主婦』だからね、旦那が子育て手伝わないってエピソードにしたら共感してもらえるっしよ!」っていうバカ発想丸出し。
ほんとダメだなこのドラマ。

もちろん、今の視聴者に見てもらう以上、丸々当時を描きゃいいってもんじゃない。アレンジが全くダメとは思わない。朝のNHK、というのもある。
「あさが来た」では、モデルのひとの家を継いだのは妾の子だ。そこは外してる。でもボンボン育ちの旦那はいい人だけど遊び人で家の事は構わない。代わりに家業を取り仕切る嫁はずいぶん反対もされたし苦労もした。でもこんな時代に「女性でも学ぶべき」と声を上げた人がいたからいまがあるのだ。そういう、時代の空気というのはとても良く伝わった。
わろてんか」にはそれがない。仕事の仕方や生活環境、女性の地位、当時の状況がまるで描かれてない。だからバカドラマだと言うんだよ。

トットちゃん!」は今80代の黒柳徹子の生まれる前から描いている。
見ていてこれは徹子の一代記なだけでなく、「昭和の女性史」なんだなと思った。

徹子の祖父母はおそらく明治生まれ、両親は大正生まれ、そして昭和一桁の徹子。
祖父母の時代、家長である祖父の言うことに逆らう事はできなかった。祖父は頑固だが立派ないかにも当時の人間だ。祖母はそれにひたすら従って生きた。娘の朝は父の言う縁談を蹴って、守綱と駆け落ちした。母と叔母がコッソリ婚姻の許可証を偽造してくれた。家長の許可がないと自由に婚姻の出来ない時代だった。

そんな自由な結婚をしたはずの朝と守綱だけれども、守綱も当時の男でもあった。朝を愛しすぎるあまり、外で働くのを許さない。が、生活費もないのにすき焼きを食べると言い出す生活力ゼロの旦那の目をごまかし、おそらく当時のお嬢さんのたしなみであろう洋裁で生活を支える朝。旦那を立てつつ上手く自分のペースに持っていくしなやかで力強い女性だ。
戦中戦後、子供を抱え守綱を待ちながら、出稼ぎ、洋裁、歌をうたい、ありとあらゆる方法でお金を稼ぎ家を建てる。
守綱が戻りバイオリニストとして復帰後はどうやら当時の中流からちょっと上のお宅らしく、お手伝いさんを雇い、専業主婦として過ごしているようだ。
守綱は娘の徹子に対しても、「女の子は嫁に行って子供を産めばいい」と弟には教えたバイオリンを教えず、働くのも反対する。そんな父親がこの頃は普通だったんだよね。

周りの人たちも、その時代らしく生きているのが描かれる。その時代の生き方に従う者、自由に生きる者。
朝より少し年上だろうか、パリ帰りの画家の華子さん。しらべたら佐伯祐三の妻がモデルらしい。
この時代に絵画を習いにパリに留学するような人だ。徹底して自由に生き、戦中はお上の言う絵を生活のために描くしたたかさもある。
一方、沢村貞子は3回も結婚するような激しさの一方、家では家事全般完璧な貞淑な妻だ。
向田邦子は亡くなった恋人を思い、結婚せず一人で生きている。

そして徹子と同世代で逆の生き方の見本が、音楽学校の同級生、咲子。
元々は徹子よりよほど上昇志向があり、NHKにも絶対受かる自信があった。が、NHKに採用されず、それでもこの世界に関わりたいとメイクとしてテレビ業界で働く。
徹子は20代前半、お見合いで結婚が決まり仕事を辞めようとするのだが、咲子に「選ばれたあなたは私たちの分までやる義務があるのだ」とハッパをかけられ結婚をやめ、仕事を選ぶ。
沢村貞子の心がけ「家庭7割、仕事3割」は自分には無理だと思ったからだ。
そんな徹子にNHK職員の久松は「仕事7割、家庭3割、いや1割でもいいから結婚してくれ、好きだ」と言う。そして徹子は「私は仕事があるから誰とも結婚しない」と断る。
久松に思いを寄せていた咲子は、落ち込む久松にハッパをかけ後に結婚。
NHKを辞め、フリーになった徹子は久松や咲子と再会するが、咲子は4人の子供を抱え専業主婦になっていた。
咲子は仕事をしたいのじゃないのか?という徹子の問いに「子供4人だし」とサラッという久松。徹子に「家庭1割でも!」と言ったのはどの口なのか、典型的な昭和のサラリーマン家庭になっていた。多分中流サラリーマン家庭の専業主婦が普通になったのはこの頃。
一方咲子は「なんとか仕事に戻りたいのだ」と徹子に不満を漏らす。
徹子の「子供4人で、久松さんは働くのが当然で、咲子さんは辞めるの?」という疑問は、平成の今でも解決してない問いだ。

ピアニスト佑介にプロポーズされた徹子は仕事を辞める事は出来ないと断る。
「一緒に暮らせなくても結婚すればいいじゃないか」という佑介に、徹子は自分の理想の結婚は両親の姿で、一緒にいない結婚は意味がない、と告げる。
そうして長い間、誰にも伝えず、2人だけの恋愛が続いていた。

前にも書いたけど、長い昭和の間に女性の仕事や結婚のありようは大きく変わった。
たしかに徹子の世代では「仕事か結婚か」で選ばないと難しい時代だった。
そんな昭和を経て、平成もまだまだ枷は山のようにあるけれど、女性の選択肢がすこーしずつすこーしずつ増えてきて、それは先輩達が頑張ってきたからなんだなぁ。
……って教科書どおりのベタな感想を書いてしまった、恥ずかしい💦
が、「時代劇」ってこういうものだと思うよ!
あの時代こうだったからこうなって、そして今があるんだと、時代は脈々と続いてるんだよ、という事を楽しませてくださいよ。

そういえば、ここにでてくる「黒柳朝」と「沢村貞子」はどちらも朝ドラのモデルになってるのね。その頃の朝ドラでは3回も結婚したとか、駆け落ちとか描いているのかしらねー?

徹子の秘密の恋愛と父との別れを描いた第11週。とくに父との別れの描き方は良かった。アホな朝ドラのナレ死なんかくそくらえ!
いよいよ来週最終週‼︎もう?
ううう、淋しい〜💦

朝ドラは2週丸々と見なくて、なにも困らずこのまま脱落かなー。
他にウンザリするのは寺ギンを無理やり悪役っぽくわかりやすい「敵」に仕立てる所。
いや、ヒロインたちが商売の能力ないだけで、寺ギンはやり手の手配師なだけだよね。「自分たちと利益が一致しない=悪」って描きかた、お子様ドラマでやりがちなアホ展開だ。
いらなくなったごりょんさんが突然アメリカに旅立つのは、「ダメ朝ドラ、必ずキャラが意味なく旅に出る」の法則発動だしね。
成田凌が気にはなるけど、うーん。

残念なのは、いつも楽しく読んでるドラマブログで朝ドラ全レビューを上げてる所が2つあって、レビューが面白いから頑張ってチラ見してたのが、見ないと読んでもまるで面白くない所。
といって、レビューのため!と思っても見られないほどもう朝ドラはクズになったのだった(笑)