温泉とテレビが好きな私の日記

誰かに気を遣うことのない、思った事をそのまま書いてみるところ。

あまりにもな年の始まりに鬱々としてしまう

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

 

…もう5日なのですが、年明けのあいさつをするのもなかなか意欲がわかなくて。

起こった出来事が大きすぎて、テレビをぼんやり見ながらあれこれと考えています。

 

自分は大晦日に帰省、1日の夜に戻るつもりで、実家で母親や数年ぶりに会った親戚の人達とテレビをつけたまま昼からだらだらと飲み食いしてました。

テレビに地震速報が入ったと思ったら、その場にいた数人のスマホ緊急地震速報でビービーと鳴り始めて驚く。

実家も最初の揺れだけはじっとしてると「揺れてる?」くらいの感じはありましたが、北陸とはずいぶんと離れているのでその後は揺れもなく、テレビをじっと見る。

とにかく余震が頻発してるものの、直後すぎてテレビでもそれ以上の様子はわかりませんでしたね。

 

予定通り1日の夜に東京にもどりました。

正月にしてはスッキリしない天気ではあるものの、暖かく穏やかな東京と画面の中の北陸の様子に頭が追いつかず。

そうやってぼんやりしているうちに、地震速報ではなくニュース速報が入り「何事?」と思ったら羽田の事故でした。

 

今年の1月1日は一粒万倍日に天赦日と天恩日が重なる年内に4日しかない最強開運日だと、年末には散々あおられていましたが、蓋を開けてみればなんだこれは?という感じです。

占いなんてこんなもんと思いつつもこれはないよなぁ…。

皮肉なもんです。

 

そして、怠け者の自分は毎年10数通だけしか書かない年賀状をいつも正月に食い込んでから書いています。

そして今年も「できれば年内に書かなくては」「紅白見ながら書こうか」「1日中には書こう」と思いつつ先送り。

やっと4日に書いたのですが、1通書けない相手が。

彼女は金沢在住なのです。

 

金沢には大学の時の知人が2人いて、どちらも長いこと会っておらず、1人はFacebookで繋がっているだけ、もう1人は年賀状のやりとりだけ。

地震速報では能登半島の突端の方の揺れの大きさがまず報道されていたのですが、時間が経つにつれ、被害地域の大きさがわかってきて、金沢もかなりの被害がある様子。

Facebookの友人は開いてみたところ「家族も無事で避難してます」と書き込みがあってホッとして、いいねだけ押しておきました。

 

年賀状の彼女の方はSNSの繋がりがないのであれこれ検索してみたのですか見つからず。

職業柄、SNSをやるとしたら本名でやるのではと思うのですが、X、インスタでも見つからない。

……。

 

こういう時、この距離感の相手をどこまで追っていいものなのか、これは自分のエゴとかヒロイズムなのではないのか?と思うと手が止まります。

自分より彼女とずっと仲良しで、今心配しまくっているだろう人の顔も浮かぶし、かといってその人たちとも随分と会っていないので、ある意味自分のモヤモヤを晴らすために連絡取るのもなんか違う気がする。

金沢では被害はあれど、命に関わるほどのことは少ないようだしと自分に言い聞かせてはみても当然スッキリはしない。

結局、年賀状は書きませんでした。

 

こういう時思い出すことがある。

すごい昔、新聞で海外での地震の記事を見た。

邦人で1人亡くなった人がいたという記事で名前と顔写真が載っていた。

それは小学校のクラスメイトだった。

4年生の時同じクラスで仲良しグループの一員だった。

でも、私が転校してそれから会ってない。

数回手紙のやり取りがあったけど、多分自分がだらしなくて続かなかった。

なんかすごく「人生とは?」を考えた。

驚いたし悲しかったけど、その後関わってない自分がそれを思うのは図々しいのではないかと思った。

ある意味話のネタなのかもしれないし。

 

知人の事を心配する気持ちは本当なのだけど、でも自分は結局安全なところでだらだらと休みを過ごしているだけという事実がずっとモヤモヤします。

きれいごとを言っても、画面の中のこととしか捉えていないのかもしれません。

東日本大震災でも友人が被災して、今では避難生活を話のネタとしてくれてます。

きっともう少し時間がたったらそうなるよね、と希望的観測をしつつ、そうしたら暑中お見舞いを書こうと考えています。

 

今年もがんばります。